旅人気分で路地裏探検3

お昼もすませてほっこりしたところで昼からのスタートをしよう。大宮通りの手前にある下松屋町通を北へ上る。このあまり知れていない通は正面通から松原通までのわずか800メートル足らず北行き一方通行の短い通である。道幅も正に路地裏そのもので両側とも庶民的な民家が殆どだ。程なくすると大路が見えてくる、五条通である。五条下松屋町には横断歩道も信号機もなく幅広い五条通は横断も出来ないので、西へ戻る方向へ歩き横断歩道を渡るがあくまでも足の向くまま気ままに歩いているので、再び下松屋町通へは戻らずそのままその道をさらに北へ上る。


この通には櫛笥通と標識がついている。「櫛笥」(くしげ)と読む。知らなければ難読地名に入りそうな難しい名前であるが、歴史は古く平安京の櫛笥小路にあたる。都大路の五条通の角地ともなれば全国展開のコンビニエンスストアやコインパーキングなどが押さえている、そのようにすっかり全国統一された現在風の都市になった五条通から一歩櫛笥通へ入っていけば喧騒も届かず、寺や厨子二階の古い町屋が並ぶ昔ながらの風景が続く。そんな櫛笥通も松原中学校の敷地で遮られてT字路になって終わる。その後は辻子(図子)か私道かわらないような人一人通れる様な通路(結構こういうのが多い、たぶん綺麗にされているので公道)を潜りぬけ路地にでると嵐電の踏み切りが見えてきて、辺りはどうやら四条通に出たようだ。もうすぐそこが四条大宮である。


四条大宮からは大宮通を北へ上ることにしよう。大宮通は南は伏見区真幡木町から北は北区御園橋通まで続く長い通だ。この四条大宮までは大路だかここから北へは随分狭い生活道に変わる。車道は四条大宮から北西斜めに走る後院通をへて千本通へと引き継がれる格好になる。この通ができた経緯は明治後期の拡幅工事にある。二条駅前を平行して走る千本通を本来ならそのまま南へ拡幅する計画だったが、それ以南にある西高瀬川沿いの木材商たちの反対により斜めに迂回して大宮通りを大路に拡幅することになった、その二つの広い通を結ぶのがこの斜めの後院通というわけだ。 続く

面白い古都研究所
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by kac-web | 2005-12-25 21:54
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